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こんにちは

 投稿者:一等展望車大好き  投稿日:2009年11月 4日(水)18時41分2秒
返信・引用
  500系のぞみがついに1往復となることでなにやら盛り上がっていますね。
500系がこだま運用のみになってしまうのは私も残念に思います。
「次世代新幹線」みたいな格好よさがあるのに、こだまで細々と運用されるなんてもったいない気がします。
写真は、500系と0系のグリーン車の写真です。(500系は人が少なかったので撮影しました。)
両者を見比べるとやはり時代の流れを感じますね。
0系のグリーンはやはり少々古臭く感じます。
でも、シートのフカフカさは0系のほうが勝っている気がしました。(マイテ49の展望室にはかないませんが。)

そういえば、昨日高崎の在来型一般客車を製作するために情報を集めていましたら、これらの車両は、コールタールがキャンバスが見えないほど厚塗りされているとのことです。
いわれてみるとそんな感じがします。ちょっと残念ですが、キャンバス屋根はもうJRの技術では修復不可能だそうですから仕方ないですね。
マイテ49の屋根が黒いのもそんな理由でしょうか?
 
    (管理人) 一等展望車大好きさん カキコミ有難うございます。

昨年九州へ行った時に見た4両編成の100系にはがっかりしました。
500系の8連はまだ見たことないですが、300kmで走っていた
ことを考えるとなにか悲しいものを感じます。

>キャンバス屋根はもうJRの技術では修復不可能だそうですから仕方ないですね。

これはどうでしょうか。それほど難しい技術ではないはずです。
〔キャンバス生地〕を扱う職種はかなりありますし、それを使って
防水処理を行うのは容易いはずです。(建設業25年の経験からですが)

不可能ではなく、僅かな車両のために費用を多く掛かられないのが
現実だと思います。
 

Re:

 投稿者:シンケミ  投稿日:2009年11月 3日(火)20時53分53秒
返信・引用 編集済
  > No.1844[元記事へ]

KOさん みなさん こんばんは


>さて、青大将。これほど鉄道ファンを魅了する車両も少ないのでは
>ないかと思います。そして青大将を実際に見たことのある鉄道ファンは
>数少ないはずなのにどうしてこんなに人気があるのでしょう。

→現在にたとえるなら500系の存在と同じなのかもしれませんね
茶色かせいぜいぶどう色の客車しかない時代に
しかも一夜にして色を変えて
それが当時の日本を代表する超特急つばめで展望車も付いた
豪華編成となれば尚更ですね
500系のぞみにしても
それまでの300系のぞみの最高時速270キロを超え
300キロ運転
ホワイト基調だった新幹線に斬新なグレー基調の色合い
尖った先頭などインパクトが強烈です
500系は製造数も「のぞみ」として活躍する期間も短いですが
青大将つばめと同じように語り継がれるであろうと思います


>私など6歳位に見たのに50年も経った今でもかすかですが記憶に
残っているのが不思議です。

→幼少のころKOさんが「とっきゅうつばめのてんぼうしゃ」をみて
ワクワクしたのと同じような記憶
私にとってはそれが4歳の頃「とうきょうえきでのったよこすかせんでんしゃ」
ということになります
あれ以来113系スカ色の虜になり現在に至ります
勿論いまでもいちばん113系が好きですが
現在113系に乗ったり見たりしても
幼少期のワクワク感には程遠いということに最近気づきました

子供の目線から見た列車はとても大きく
ボックスシートも大きく感じました
また 当時は大きなデパートか銀行くらいしかなかったクーラー
なにやらメカニカルなコンプレッサー音
子供の距離感では遠い「逗子」「久里浜」といった行先・・・

先日しゃがんで子供目線で列車を駅撮りしてみました
あのころのワクワク感が少しだけ蘇りました

>シンケミさんのようにお若い方が昭和30年代初期の車両がお好き
と言うのもオールドファンとしては嬉しいばかりです。

→元来 機関車列車はあまり馴染みがないので興味がなかったのですが
KOさんのHPをみるうちに その奥の深さに魅かれていきました
KOさんに感謝です
古い車輌も新しい10系も一まとめに同じ色に塗ってしまって豪華列車に仕立てるのは
なんだか北斗星やトワイライトエクスプレスみたいですばらしいです
そういえばトワイライトエクスプレスも緑色
現代版青大将といったところでしょうか?

>タイムマシン 実用化していたら私は明日の朝東京駅へ出向き
9:00発の1レのマイテ3921のソファーに納まっていますね。
シンケミさんも大阪までお付き合い願っていいですか?

→ 勿論です
そして帰りは「こだま型電車」の旅なんてのもいいですね



はまかいじ22号さん
夕暮れの500系いいですね
眼光鋭い500系 迫力あります

画像はしゃがんで撮影した113系
すこし大きく見えます
 
    (管理人) シンケミさん いつもお世話になります。

500系も終盤を迎えいよいよ東海道は寂しい路線になってしまいます。
今から思えば東海道は花形列車のオンパレード、私が子供の頃はまさに
黄金時代でした。
青大将の登場と500系の登場の比較は面白いですね。
しかし、たーサン曰く、青大将登場のインパクトは新幹線開通以上だった
とか。思い返せば新幹線は当時のファンからすると目の仇だったと
思います。新幹線が開通すると151系は西へ、また新幹線が西へ
伸びるとそれまでの花形列車が追いやられる。これの繰り返しでした。
しかし、いまや新幹線は鉄道ファンの熱い視線を浴び花形として活躍
してます。その花形中の花形の500系の終焉は寂しいばかりです。
昨日も500系を追いかけました。最後は一杯やり、カラオケを
歌いながらの撮影となってしまいました。
 

Re: お久しぶりです

 投稿者:はまかいじ22号  投稿日:2009年11月 1日(日)21時54分17秒
返信・引用 編集済
  > No.1834[元記事へ]

Xero"さんへのお返事です。

Xeroさん、お久しぶりです。お礼が遅くなってすみません。
愚作をお褒めいただき恐縮です。
小田急MSEの夕日ギラリ、きれいですね。
酒匂川の撮影ポイント、私も行ってみたいです。

まもなく地元でこのシーンが撮れなくなるので、昨日チャレンジ
してきました。日没後、夕焼けが反射して光る500系。
のぞみ28号 2009/10/31 16:47
新横浜〜小田原間。綾瀬市付近。
 
    (KO) はまかいじ22号さん 夕日に映える500系素晴らしいですね。
この光景ももう見られないので残念です。東京では時期的にこの
夕日の中の500系は最後でしょうね。
500系はいろんな形に見えますが、これは大蛇ですね。目が怖い!
 

こんばんは

 投稿者:健ちゃん  投稿日:2009年10月28日(水)23時38分58秒
返信・引用
  KOさん、皆さんこんばんは。
本日買い物ついで、家内を引き連れプチ鉄してきました。
ほんの15分足らず500系お初であります(^^ゞ
多摩川17:00通過、限界が近付いています。

http://d51gogo.hp.infoseek.co.jp/

 
    (KO) これは流しの健さん 決まりましたね〜〜
夕方の500系は11月10日で終わってしまうので貴重な記録となります。
先日私がここを訪問した時は1日4往復、しかし生憎の逆光で失敗!
夕方までは我慢できず呑みに行ってしまいました。
撮り鉄と呑み鉄が同居しているKOです。
 

遅ればせながら

 投稿者:フナ  投稿日:2009年10月28日(水)00時08分46秒
返信・引用
   たーサンの世界2、拝見しました。
 営業前の「青大将」処女列車を捉えたとは、本当にすごいですね。
 しかも大阪発の四角いマークをつけた2レの写真は以外と多くなく、二重に貴重だと思います。
 学生服の話題が出ていましたが、私の世代はもうあまり制服を着たがらない派の時代でした。とはいえ、学生服は便利でしたし私は「高校生の間しか着られないのだから」と、私服通学OKの学校だったにもかかわらず学生服で通しました。
 タイムマシンがあったら、私も青大将に乗ってみたいですね。

http://けいで

 
    (KO) フナさんも処女列車の回送写真を見たこと無いですか?

私はたーサンからこのネガをお預かりした時鳥肌が立ちました。
今でこそ回送列車から本番までFANが追っかけまわしてますが、
この記念列車の写真は今まで見たことが無く幻の存在でした。
〔存在する〕と言うことさえ頭に無かったので驚きは半端では
ありません。
大阪へ出向いたときはたーサンが撮影した場所で現代の列車を
撮影してこようと思っています。
 

坂本衛さん

 投稿者:シンケミ  投稿日:2009年10月25日(日)21時33分46秒
返信・引用
  KOさん みなさん こんばんは〜

KOさん たーサンさん やぶおさん (連名で失礼します)
坂本衛さん
客扱専務車掌をされていた頃の本をいくつか拝見して
大ファンになりました
たーサン お知り合いとは羨ましいです
あの方は模型もされていると著書に記載されていましたが
そちらのほうでもすばらしい技能をお持ちなのですね
話題がそれて恐縮ですが
坂本氏の著作で
急行券を持たずに「銀河」に乗って来る乗客について
関西人と関東人の反応の違いを書かれていたのが印象的でした

青大将「つばめ」
わたしも一度ホンモノを見てみたかったです
タイムマシンがあったら
デジカメとビデオ持って行って撮影したい・・・
憧れの列車ですね〜
 
    (KO) シンケミさん お世話になります。シンケミさんも坂本様の
書籍をお読みになっていたのですね。模型に詳しい方は皆さんご存知
ですね。私は40年も模型から離れていたのでたーサンからご紹介いた
だくまで存じ上げませんでした。
坂本様の本は〔裏〕〔表〕の双方共興味深いお話ばかりです。
しばらくそのままにしていたのでもう一度読んでみますね。

さて、青大将。これほど鉄道ファンを魅了する車両も少ないのでは
ないかと思います。そして青大将を実際に見たことのある鉄道ファンは
数少ないはずなのにどうしてこんなに人気があるのでしょう。

私など6歳位に見たのに50年も経った今でもかすかですが記憶に
残っているのが不思議です。
シンケミさんのようにお若い方が昭和30年代初期の車両がお好き
と言うのもオールドファンとしては嬉しいばかりです。

タイムマシン 実用化していたら私は明日の朝東京駅へ出向き
9:00発の1レのマイテ3921のソファーに納まっていますね。
シンケミさんも大阪までお付き合い願っていいですか?
 

好奇心です。

 投稿者:たーサン  投稿日:2009年10月24日(土)20時28分12秒
返信・引用
  やぶお様 ご覧いただきありがとうございます。
 全線電化の処女列車がどんな色彩で現れるか興味津津でしたから、是が非でも見たかったのでしょう。
 つばめ及びはとは特別な列車でした。大阪駅10番ホーム発車の光景は荘重な儀式のような感がありました。
 プラットホームに響き渡るアナウンスひとつにしても、通勤ラッシュの慌ただしい口調ではなく、落ち着いた格調高いものに感じました。

 それから学生は丸坊主でしたね。私もそうでした。卒業前くらいからぼつぼつ生やし始めたようでしたね。

 坂本衛さんはおっしゃるとおり、本格的日本型レイアウトの最初の建設者の坂本さんです。このころ知り合ったのですが、間もなく私は「ロコよりあのコ」の心境になってしまい鉄道から離れてしまって長らくおつきあいが途絶えていました。
 つい最近、ひょんなことから復活し、岸辺駅でのご経験の執筆をお願いしたりしました。

レイアウトの工作は中腰でやることが多いため腰を痛められ、あちこちで温泉治療をされましたが、その結果「超秘湯」を書かれたことはご存知のとおりです。
 坂本さんの作品は線が柔らかく、淡彩画のような感じで大変好ましいものです。

今後ともよろしくお願いいたします。
 
    (KO) たーサン 坂本様には〔青大将登場物語〕の節はわざわざ寄稿いただき
ながらそれ以来何のお礼も出来ずご無礼申し上げており恐縮しております。
坂本様にお会いすることがありましたら私のHPでたーサンのお写真を
掲載させていただいていることをお伝え願えればと思います。

坂本様が岸辺駅で青大将を見た30分弱前にたーサンが同じ列車を見たと
いう事実はなんと表現したらよいでしょう。
後年お二人が同じ趣味で出会うことになるきっかけとでも言うのでしょうか
因縁を感じさせる昭和31年11月19日の出来事です。
 

私も拝見

 投稿者:やぶお  投稿日:2009年10月24日(土)19時33分6秒
返信・引用
  KOさん、たーサンさま、こんにちは。

私も新作を拝見させていただきました。
東海道線全線電化当日の2レの回送シーンも、
11月24日に撮影とされるお写真も、心を打たれました。

たーサンさまの、1時限目を遅刻覚悟で撮影されたとのこと・・・
たーサンの【つばめ】に対する愛情を強く感じました。

学生服の件・・・
私は昭和46年〜49年にかけて中学生でしたが、
そのころでも、外出は学生服でした。
私服はめったに着ませんでした。
私の地元は静岡ですので、
そのころまでたーサンさんと同じ風習が残っていたのですね。
おまけに男子は坊主刈りでした。

ところで坂本氏はTMSのレイアウトモデリングで、
秀逸な農村風景のレイアウトセクションを製作されたお方でしょうか。

老いて氏の学生が登場する事実からの曜日の推理もわくわくしました。
次回のアップも楽しみにしています。

私から、KOさんと同月同日撮影しました大井川鉄道の旧客風景を貼らせてください。

http://www.geocities.jp/yabuubu/index.html

 
    (KO) やぶおさん いつもお世話になっております。

やぶおさんも私の年代とほぼ同じ(失礼)で外出着=学生服だった
のですね。
一枚のお写真からいろいろと推理するのはわくわくしますし、これほど
楽しいことはありません。

大井川のお写真有難うございます。来年こそはニアミスでなく一日中
ご一緒させてくださいね。
 

ご覧いただき、ありがとうございます。

 投稿者:たーサン  投稿日:2009年10月23日(金)21時40分47秒
返信・引用
  皆様、グリーンつばめを御覧下さりありがとうございます。

 アルバムに張りつけたまま、長い間眠っていた写真がKO様のお陰で「世に出る」事が出来て大変嬉しいです。
 またKO様からは過分のコメントを頂戴し恐縮です。
はまかいじ22号様,シンケミ様、東海道全線電化完成の事は、新聞はもとより当時の鉄道雑誌等から事前に知っていましたので、情報を得るのは別にそれほどのことはありませんでした。
 ただ、当日は是が非でも大阪駅に行きたかったのですが、なにせ月曜日。
そこで1時限目の授業を少しだけ遅刻する覚悟で大阪駅直前で撮影し、急いで学校に駆け付けようとした結果,回送列車の撮影となったわけです。
 でも蛇腹式のポロカメラで、しかも慌てたものでピンボケか手ぶれか、判りませんがご覧のとおりの映像で申し訳ありません。
 タイムマシーンでもあれば、、、、と、今でも悔やんでいます。

11月24日については確定的ではありません。もう50年以上前のことで、どうしようもありませんね。
 ああ、それから、老いて27000様、当時の中学生はもとより高校生でも家の中か近所で遊ぶ時以外は、どこに出かけるにも学生服でした。

 いづれにしても遥かな昔の事ですが、まあ青春の真っ只中で寝ても起きても鉄道の事ばかりで頭が一杯でした。鉄道模型も、この少し前から0ゲージから16番に変わってまして、
有名な「国鉄車掌の坂本衛さん」と知り合ったのもこの前後だったと思います。
 では、またKO様に御苦労願いまして、次の写真まで、、、、
 
    (KO) たーサン こんばんは〜

回送シーンの経緯についてはお聞きしないで勝手に想像して書いて
しまいましたが、やはり私の想像したとおりだったのですね。
セレモニーは見たいのは山々、でも学校へ行かなければならない
ジレンマに真面目な学生だったたーサンのお人柄が偲ばれます。

学生服の件は私の時代でも生徒の外出着といえば学ランでした。
学ランは便利なもので、これ一枚で公的私的の行事全てを賄え
ました。またそれ程豊かではなかったので私服を買う手間が省けた
と言うのが本音でしょうか。
鉄道写真を撮るに当たり、一般的には人物を入れず車両のみを
撮影しがちですが、私はあえて人物を入れて撮るようにしています。
これはたーサンのお写真のように後世、その時代を語るときの重要な
証拠となるからです。
 

青大将拝見

 投稿者:はまかいじ22号  投稿日:2009年10月23日(金)00時44分55秒
返信・引用
  こんばんは。第2弾拝見しました。

東海道電化開業日の1レの機関車がEF5857で、黄色のヘッドマークを付けているのは
ずっと前から存じておりました。
ところが、たーサンが撮影された2レ、89番だったのは以前KOさんの
記事を拝見し初めて知りました。しかも茶色のヘッドマークを付けている写真は
今回初めて見ました。
たーサンは青大将の登場、どのように情報を得られたのか興味深いですね。

小山駅のEF58重連客レ。列車名は不明です。
昭和52年8月。
 
    (管理人) はまかいじ22号さん たーサンが追っかけていた列車は我々が
追っかけていた2レと列車番号は一緒でしたが何か桁違いにもっと
レベルの高い存在のような気がします。
〔もっと早く生まれていれば・・〕と言っても仕方ないのですが
青大将だけはもっと早く生まれて写真を撮ってみたかったです。
母親が横浜から名古屋に行くとき、この青大将に乗ってますが
この時の話は随分後年まで同じ話をしていました。
それほど特急 つばめ と言うのは現在の列車とは格が違う
ものだったのでしょう。
 

第2弾 拝見しました

 投稿者:シンケミ  投稿日:2009年10月22日(木)22時47分4秒
返信・引用
  KOさん みなさん こんばんは

KOさん たーサンさん 第2弾拝見しました
まずは新聞記事
特急つばめの新たなるスタートを賑々しく報道
その隣に「洞爺丸遭難事故」の補償記事が時代を感じさせますね

情報の少ない時代に
回送列車まで撮影されているとは驚きです
茶色い客車が当たり前だった時代に
緑色の車体 そして銀色に塗られた屋根は
相当なインパクトだったことでしょう
今風に言うなら「初めて500系を見たとき」のような
驚きだったでしょうね

思わず画像に見入ってしまいました
素晴らしい画像拝見させていただきありがとうございます

機関車列車の画像は手持ちが少ないので
昨年のふじぶさで失礼いたします
 
    (管理人) シンケミさん いつもお世話になります。模型では超有名な青大将も
実際に見た方は非常に少なくなってきています。
実際に写真を撮られていた方はさらに少ないですが、撮られていたと
しても世に出ないで埋もれてしまっている写真も多いことと思います。
このような貴重な記録(作品)を発掘して後世に伝えていかなければと
かねがね思っていました。幸いなことにたーサンと出会えたことで
この重要な任務のお手伝いをすることが出来幸せに思っています。

緑一色の車体、銀色の屋根、これは500系どころではなかったでしょう。
たーサンは新幹線開業以上のインパクトのある出来事と仰ってます。
 

第2弾拝見

 投稿者:老いて27000  投稿日:2009年10月21日(水)18時25分47秒
返信・引用
  こんばんは。たーサンの第2弾拝見です。
先ず、2レ回送のお写真、凄いですね。
多分、学校へ行く前で仕方なかったのでしょうが、本番ではなく、その前の回送と言うのは、
現在ならば兎も角、当時撮る人は少なかったと思います。
しかも、ベンチレーターがキラキラしているのが良く分かりますし、ヘッドマークも大型であることが分かる。貴重ですね。

「11月24日」か否か、推測するのは、非常に面白いです。
EF58のすぐそばには、中学生らしき学生服が何人も居ますね。
16時30分と言う時刻だと、大阪駅に近い学校ならば、平日でも不可能ではないかもしれません。
12時過ぎに学校が終わっているのだから、学生服を着替えているとも考えられますが、
自らの行動を考えると、学校から直帰なんぞしないで、学生服で遊び回っているはず。土曜日でないとも言えない。
たーサンがいらっしゃるホームで、人が少ないのがヒントにならないかな、とも思いましたが、
大阪駅を知らない私には、何線のホームかさえ分からない…

11月24日か否か、到底分かりませんが、推測するのは面白いです。
興味深いお写真を拝見させていただき、たーサン、KOさん、ありがとうございました。

添付画像は、古い客車のものが現在手元に無いもので、10系。1971年01月、根府川にて。
やぶおさんの掲示板で皆様よりご教示いただいたところによりますと、オシ16が連結されていることより、これは上り「瀬戸2号」。
10系客車、「旧型客車」に分類されるのか否か、良く分かりませんが、少なくとも私の感覚では、新しい車両です。
 
    (KO) 老いて27000さん ご高覧感謝です。弊版の看板である
客車特急〔つばめ〕の勇姿を色々な形で見ることができると
いう非常に幸せな作業をさせていただいております。
この2レの回送シーンは今まで見たことが無く、恐らく他には
存在しないかと思います。
宮原を出発し大阪へ向かう途中、この列車を目撃された方は
多いかと思いますが、ごく普通の一般人は気にも留めてなかった
はず。これを考えるとこの回送列車を〔つばめ〕として意識して
見たのはたーサンが初めての一般人と見て間違いはありません。

蛇腹式の6×4.5の機械で走行列車を撮るのは至難の業です。
ASA50、1/125が限界だったことでしょう。よくぞ
この瞬間を捉えていただいたとたーサンに感謝しています。
 

新作拝見です。

 投稿者:健ちゃん  投稿日:2009年10月20日(火)22時00分17秒
返信・引用
  KOさん、たーサンこんばんは
その2拝見です。
つばめデビューは、私が生を受ける1年前の出来事なんですね。
新聞の「日本勝・・捕虜だった」などの記事が時代を感じさせます。
誰もいない場所の処女列車は貴重なシーンですね。
朝日に輝くヘッドマークが印象的でした。

次回も楽しみにしています。

http://d51gogo.hp.infoseek.co.jp/

 
    (KO) 健ちゃん 毎度ご乗車有難うございます。青大将ただ今発車〜〜
このとき私はまだ3歳、記憶に残っている横浜駅で見た青大将は
恐らくこの2年後の昭和33年頃でしょう。当時ぶどう色ばかり
だった客車の中で一期は目を引く緑一色(役満ではない)
子供心にただならぬ列車として目に焼きついています。

次回はちょっとお時間を頂きますが、これもまた皆さんが
泣いて喜ぶ画像が飛び出します。どうぞお楽しみに〜〜
 

たーサンの世界その2

 投稿者:KO  投稿日:2009年10月20日(火)20時07分57秒
返信・引用
  今回は青大将が主題です。それもあっと驚く貴重な画像。
 

「東京夜曲 Tokyo nocturne」をアップ

 投稿者:田駄雄作  投稿日:2009年10月20日(火)19時16分22秒
返信・引用
  KOさん、いつもお世話になります.
16時20分発の"カシオペア"から23時33分発の"能登"まで、上野・東京両駅に発着する夜の注目列車を、11月10日より新幹線"500系のぞみ"の午後便が廃止されるると聞き、先の13日に一気に撮影敢行いたしました.その成果に18日撮影分を加えて一時の記憶、記録として「東京夜曲 Tokyo nocturne」としてまとめました.夜間走行シーンが主なので画質に難がありますが、よろしければご笑覧ください.

今回はKOさんの縄張りに進入いたしまして失礼いたしました.ブログの方にはKOさんの縄張りどころか、お宅の庭ににまで入り込んだようなネタも出しています.ご挨拶も無しに失礼を重ねてお詫びいたします.

http://tadayusaku.3.pro.tok2.com/

 
    (KO) 田駄さん ご案内いただきまして有難うございます。
感想は貴板に書かせていただきました。
確かに私の庭に・・・・・
 

お久しぶりです

 投稿者:Xero"  投稿日:2009年10月20日(火)00時21分2秒
返信・引用
  今のこの掲示板の流れを無視して恐縮ですが
おかげさまで南米より無事帰還出来ました。
(遅くなりましたが)

気づいて見れば500系も減便、東京口廃止間際となってしまいましたね。
一応定番箇所の撮影は押さえてありますが、穴場的な所は知らず、自分もKO様のブログの多摩川のポイントは気になりましたので一回位は行ってみたいと思いました。
(なかなか良い雰囲気の写真ですね)
と同時に最近落ち着いて来たと思われる寝台列車のポイントに行くのもよさそうですね。

そして連想ゲームではありませんが夕日つながりの写真です。
小田急のポイントは機会があれば案内致しますよ。
渋沢ー新松田の定番ポイントは基本的に春から秋は足元が草で隠れてしまうので、新松田付近のこちらのポイントなんかもお勧めです。
広い川原でビールでも飲みながら撮影可です(笑)
(でもやぶお様の花と絡めた写真も秀逸ですね)
 
    (KO) Xero”さん 無事お帰りで何よりです。さぞ土産話がお有りに
なることでしょう。それにしても地球の裏側まで長期間にわたり
行かれるバイタリティーには恐れ入りました。

小田急の車両は魅力的ですね。その魅力的な車両を撮影できる
場所があるというのいいですね。機会がありましたらご一緒
させてください。
 

多摩川の夕景

 投稿者:はまかいじ22号  投稿日:2009年10月19日(月)22時18分57秒
返信・引用
  こんばんは。
たーサンの世界で盛り上がっているところ恐縮ですが、新幹線ネタを。

KOさんのブログを拝見して、私も行きたくなり昨日多摩川へ。
もうすぐ夕焼けの500系が撮れなくなってしまうのでチャレンジしてみました。
約30分間でこれだけ変わります。
↓16:33 この時に金色に染まった500系を撮りたかったです。(未修正)
↓16:42 夕日が赤く染まって、この頃がピークでした。(未修正)
↓17:00 16:50に日が落ちました。車体はなんとか光ってくれましたが。(少し修正)
 
    (KO) はまかいじ22号さん 先日はメールを頂きまして有難うございます。
お蔭様でDYゲットしました。昨年と違い、DYの出現する日が10日
おきでは無いようなので走行日が分からなくなってました。

お写真素晴らしいですね。夕方まで待てばこれだけの写真が撮れる
のですが、一杯飲んでしまうとヘロヘロになり夕方まで持ちません。

アルコールは夕方までお預けにしないといけませんね。
 

「つばめ」の8時間運転

 投稿者:アッキー  投稿日:2009年10月19日(月)16時33分37秒
返信・引用
   東海道全線電化直前の特急「つばめ」東京〜大阪間は8時間かかりました。これは戦前
の「つばめ」と同じと思いがちですが、実はそうではありません。

 鉄道ファン誌1975年3月号(#167)“「つばめ」ものがたり”をみると、こう書いて
あります。「・・・しかし、この快挙(8時間運転)は超特急“つばめ”(戦前のつばめ)
と大差ないようにみえるが、当時の条件と比較するならば、東京〜大阪間6駅停車を
7駅停車化し、垂井―関ヶ原間の勾配変更による距離の延長、速度制限箇所の増加等運転
上の悪条件が増加している。したがって、同じ8時間運転であっても表定速度は66.8
キロから69.9キロに向上したことからもわずか3.1キロ向上することの壁の厚さ
をお感じになることと思う」と記されています。

 東海道全線電化により、EF58の直通運転になりますが、直前には各種の試験列車を
東京〜大阪間に走行させています。30分短縮するのにも数々の困難を克服したことが
うかがえますね。機関車交換(EF58→C62)の手間がなくなったことも時間の短縮
に貢献したことでしょう。

 岡山在住時、上り「かもめ」のC62→EF58の電蒸付け替えを、岡山駅の近くで
観察していましたが、かなり手間のかかる作業に思えました。EF58は初めて観た時
から私の憧れの機関車ですが、EH10を初めて観た時は「ガッカリ」しました。短い
車体はEDの重連に見えたのです。

  写真は「EF58ものがたり」から失敬したものです。下のC62+EF58の
慣熟運転の模様は「1956年11月18日」との記載があります。
 
    (KO) アッキーさん 8時間運転の解説有難うございます。
見えないところでの努力は凄いですね。表定速度のアップも凄い!

C62のかもめをご覧になったのも凄いです。たーサンの世界で
この かもめ もアップする予定です。

電蒸運転の日付、電化前日までされていたのですね。たーサンも
電化直前と仰っていたので日付を訂正する必要があります。
 

たーサンの世界、序章を拝見させて頂きました.

 投稿者:田駄雄作  投稿日:2009年10月17日(土)07時45分2秒
返信・引用
  昭和31年といえばまだ6歳、浦和に住んでいましたが地元の東北本線以外は東海道と云えども遠い絵本の世界でした
電化訓練まっただ中の電蒸運転は、緊張の中で走行して来たであろう乗務員さんたちの安堵の様子が見て取れますね.
この蒸気機関車はC62とともに最後の活躍をしていたC59です.
青大将登場の正式電化開業前夜の、記録と云っては失礼な作品にも感激です.現在のようにファン用の情報もほとんど無い頃、果敢に撮影に挑まれていたたーサンの作品.次の公開も楽しみにしています.

先日、500系夜景お名残り撮影のついでに、深夜まで東京-上野あたりを徘徊しておりました.久しぶりに夜景撮影を堪能しました.その成果は1両日中に公開したいと思っています.またご案内します.

http://tadayusaku.3.pro.tok2.com/

 
    (KO) 田駄さん いつもお世話になっております。このたびはたーサンの
世界をご覧頂きまして有難うございます。
たーサンの貴重なお写真に私の拙い解説で至らなく申しわけあり
ません。
早速機種のご指摘有難うございます。C62でなくC59だったのです
ね。文中、訂正させていただきます。

仰るとおり、今のようにネット、雑誌などの情報が皆無の時代に
情報を入手されたことは凄いと思います。

貴板の489系、毎日この時間に帰宅途中の電車ですれ違って
ます。いつの日か分かりませんがニアミスしたようです。
 

新作拝見

 投稿者:老いて27000  投稿日:2009年10月16日(金)17時11分43秒
返信・引用
  こんばんは。大変遅くなりましたが、新作拝見。
先ずは、このような貴重なお写真を拝見させていただける、たーサン、KOさんに感謝です。

電蒸運転、昭和40年代の無煙化の頃よく見ましたが、当時も当然あったんですね。
高島線などで、D51の前にEF15やEF13が付くと、「電機邪魔!」と当時は思っておりましたが、今考えると、過渡期だけに見られる貴重な風景ですね。しかも、EF58とC62なんですから、贅沢です。更に展望車付きの列車なんですから、凄い。

夕暮れ時、当時のフィルムの感度は、それ程高くなかったはず。素晴らしいです!

添付画像は、大船駅にて、EF58牽引の旧客急行列車。1969年頃。
 
    (KO) 電蒸運転痺れますね〜 大井川でケツに電機が付いてますが、邪魔
ではなく、後世では貴重な絵になるかも知れませんね。

昭和30年前後の夕暮れ撮影にチャレンジしたたーサンは凄いです。
機械は6×6はプリモフレックス、6×4.5は蛇腹式だそうです。
 

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