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稽古日程表の更新

 投稿者:管理人  投稿日:2022年 3月20日(日)15時43分50秒
  管理人です。4月からの稽古日程表に更新しました。3月は来週は第5週目になりますので、少年少女部と一般部の稽古はありません。お間違えにならないようにご注意ください。ただし、女性部の稽古は28日(月)は行いますので、奮ってご参加ください。なお、今月はスポーツ安全保険代(一般部 1,850円、少年少女部 1,450円)が引き落されます。  
 

「力を入れるな」に対する誤解

 投稿者:谷澤義光  投稿日:2022年 1月23日(日)14時07分17秒
   合気道の稽古中に、「力を入れるな」とか「合気道に力は要らない」などの声を聞くことがある。
 時々、この言葉が誤解されて、「受け」の人が片手取りで相手の手首を「そっと」持ったり、正面打ちで「ふわっと」打ったりすることがある。
  はなはだしい例では、他の道場で指導者が見取り稽古の時に、「受け」に「力を入れるな」と言うのを聞いたことがある。「受け」が力いっぱい指導者の手を掴んだようである。
 言うまでもなく、「受け」は指導者よりも段位が下である。相手が思いきり掴んできても、自分は「力勝負」に持ち込まず、相手をさばいて制圧できると示すのが、指導者本来の姿ではないのか。
 合気道は、武道であり、相手から攻撃されても自分の身を守ることができる術を身につけるためにある。「受け」は攻撃なのだから、「攻撃する相手」に「こうしてくれ」などと言うのは、全くおかしな話である。
 もちろん、有段者と初心者が組んで稽古をする場合などでは、有段者が「受け」の時には、それなりの手加減をしなければならない。初心者が、腕を思いきり掴まれて動けなくなっては稽古にならないからである。
 しかし、「力を入れるな」を正しく理解していないと、相対稽古が「ふわふわした」技の掛け合いになったり、「盆踊り」のような動きになったりする。このような稽古風景を他の武道家が見ると、「合気道は?くさい」とか「合気道は『出来レース』だ」などと言うようになると、私は考えている。

 そこで、「力を入れるな」という言葉について、私なりに考えると、次のようになる。
1  「受身」を取る時は力を入れるな。
 最初に当たり前のことを確認する。「受身」を取る時は、力を抜いて体を柔らかくしなければならない。しかし、「受け」が攻撃する時はしっかり攻撃しなければならない。このように、「受け」の立場では、攻撃する時と「受身」を取る時とでは力の入れ方を変えなければならない。これをはっきり意識していないと、前述のように、正面打ちを「ふわっと」打つようなことになる。

2 腰腹の力を相手に伝えるためには、「腕に」力を入れるな。
 言うまでもなく、合気道では臍下丹田を中心に体を動かし、腰腹の力を相手に伝えて技を展開する。
 このことを最も体感できるのは、「座技(両手首取り)呼吸法」だと言われている。座っていて、相手に手首を掴まれても、「臍下丹田の力を相手に伝えるためには、腕に力を入れてはいけない」ということになる。
 この技の目的は、「呼吸力を鍛える」「臍下丹田を通して、腰腹の力を相手に伝える感覚を養う」ことだと考えられる。息んで腕に力を入れては、この技の目的が達成できない。その意味で、「腕に力を入れるな」は正しい。
 しかし、「受け」はどうか。「受け」が力を入れずに、「ふわっと」持っていると、「取り」は、自分の力を相手に伝えることができない。自分の腰腹の力が、互いの腕を通じて、相手の臍下丹田に伝わるという感覚を、「取り」は体感できない。
 そもそも、なぜこの技は座ってやるのか。もし、立っていれば足を動かせるので、臍下丹田が動いていなくても、相手の力を捌いたり、技をかけたりできる。しかし、座っていれば、動くのは臍下丹田と腕だけである。腕の力だけに頼っては、自分より腕力の強い相手にはかなわないと実感するためだと私は考えている。
 腕の力だけに頼らず、息の使い方を学び、呼吸力を鍛えて、臍下丹田を通して腰腹の力を相手に伝える。腕は力を入れるのではなく、正しく構える。こうすれば、臍下丹田を右に、左に動かせば、相手は崩れていく。このことを学ぶことがこの技の目的だと考える。

3 足を動かすためには、「腕に」力を入れるな。
 腕に力を入れると足が動かなくなる人がいる。武道の種類によっては、最初に互いの体を掴み、腕の力で相手を崩していくことを目指すものもある。その武道では、足を動かすことよりも腕の力で勝負するという考え方のように私には感じられる。同様に、合気道を稽古している人の中にも、腕に力が入ると、足が動かなくなる人がいる。そのような人に「腕に力を入れるな」と言うのは正しい。
 合気道では、足が動かなくなっては技にならない。合気道の技は、正しい足さばきができれば技が自然に展開できるようにできているからである。
 従って、本部道場の審査では、各級・各段の課題の技を最初から最後まで続けて行う。審査員からの指示も体を動かしながら聞かなければならない。途中で足が止まると、合格可能性は低くなるようだ。本部道場の師範に改めて聞いたわけではないが、これは、技の習得で最も大切なのは、「足の動きを止めない」ことだという考えに基づいているように思える。

4 技を正しく理解するためには、受けが「力いっぱい」攻撃することが必要である。
 合気道は、相手が「力いっぱい」攻撃してきても、自分は「力勝負」に持ち込まなくても、相手を制圧できることを目指している。
 初心者同士の相対稽古では、力いっぱい技をかけ合うとケガをする恐れがある。このような場合は別だが、相手に力いっぱい攻撃してもらわないと本当の技は磨けないと私は考える。
 例として、後ろ襟締め第三教の技について考えてみる。この技は、ご存知のように、「受け」が相手の襟と手首を後ろから掴み、「取り」が第三教で制する技である。
 この技について、時々、「取り」は「受け」の襟を掴んでいる手を取りにいくべきか、手首を掴んでいる手を取りにいくべきかと質問する人がいる。
 しかし、考えてみて欲しい。もし「受け」が襟を掴んでいる手の親指の背で自分の喉仏を思いきり締め上げて、自分は後ろに引き倒されそうになっているとしたら、どうするか。襟を掴んでいる「受け」の手を取りにいこうと考えるだろうか。
 この場合には、手首を掴んでいる手を取りにいく方が合理的だし、襟を思いきり締め上げられたら、それしか方法がないのではないか。
 「受け」がただ襟を「持つ」だけの攻撃しかしない、「ゆるい」稽古しか経験したことのない人が、このような質問をするのではないかと私は考えている。
 このように、「受け」が「力いっぱい」攻撃しないと技は正しく理解できないと思う。

3  結論
 本部道場の4階の道場に、開祖が使っていたという「鍛錬棒」が置いてある。「棒」というよりも、家の「柱」に近い。開祖はそれを片手で持って振っていたそうだ。私も一度持ったことがあるが、大変重くて、私は片手ではとても持てなかった。
 開祖は「力」を鍛えていたが、「力と力の勝負になってはいけない」とか「魄の稽古(はくのけいこ=体の稽古・力の稽古)から魂の稽古(こんのけいこ=たましいの稽古・心の稽古)へ昇華していかなければならない」とおっしゃていたそうだ。
 これがいつの間にか「合気道に力は要らない」とか「力を入れるな」と誤解されたのではないかと私は考えている。
 合気道の稽古では、最初は力をつけて、なおかつ、次第に力に頼らない、「力勝負」にならない技の展開方法を身につけなければならない。
 最初は、「力対力」で技をかけることを繰り返していくうちに、臍下丹田を意識したり、正しい呼吸法を身につけたりすると、次第に力に頼らないで技をかけることを体得していくのではないか。
 一見矛盾しているように見えるが、ここに合気道の難しさ、奥の深さがあると私は考える。
 

稽古日程表の訂正

 投稿者:管理人  投稿日:2022年 1月 4日(火)08時58分38秒
  管理人です。2月の日程表で、11日の休日が稽古予定日になっていました。休日は稽古がありませんので訂正させていただきます。  

明けましておめでとうございます。

 投稿者:管理人  投稿日:2022年 1月 2日(日)13時14分56秒
  管理人です。皆様、明けましておめでとうございます。コロナがなかなか収束いたしませんが、今年もできることから始めましょう! ということで、会長からのお知らせです。以前毎月第4火曜日に実施しておりました「武器取り」の稽古を今月より再開いたします!今月は25日の火曜日に行いますので、杖等をお持ちの皆さんはご持参ください。なお、お持ちではない方にはお貸しいたしますのでご心配なくお越し下さい。では、今年もよろしくお願いいたします。  

稽古納めと稽古初め

 投稿者:吉見  投稿日:2021年12月23日(木)19時52分10秒
  今年も残り少なくなりました。本年の稽古納めは12月25日(土)です。この一年コロナに翻弄され、いろいろありましたが皆様、一年間稽古お疲れさまでした。
年明けの稽古初めは1月11日(火)です。皆様良いお年をお迎えください。
 

下期昇級・昇段審査会

 投稿者:管理人  投稿日:2021年12月15日(水)15時04分57秒
  管理人です。待ちに待った昇級・昇段審査会が無事行われました!コロナ渦での限られた関係者のみでの開催となりましたが、無事開催できて本当に良かったです。今回は八千代合気会の皆さんが不参加でしたが、次年度以降またたくさんの関係団体で開催されることを望みます。役員の皆さん、二日間ご苦労様でした。  

「痛いところ自慢」

 投稿者:谷澤義光  投稿日:2021年10月31日(日)16時15分24秒
   稽古の前に「膝が痛い」とか「肩を痛めている」などと、言う人がいる。こちらが聞いてもいないのに、なぜこのようなことを言うのか、私は理解に苦しむ。合気道は武道なのに、自分の弱点をなぜ積極的に明かすのかが分からない。
 「自分は痛いのを我慢して稽古に来ている。それだけ熱心なのだ」とアピールしたいのか、「痛いのに稽古するのは大変ですね。お大事にしてください」などと慰めて欲しいのか、真意は分からない。
 本部道場でもそのような人はいる。しかし、私の知る限り小数である。なぜなら、本部道場では「知らない人」と稽古をするので、更衣室で着替えている時から「今日は誰と稽古をしようか」と考えている。そのような雰囲気の中で、自分から「○○が痛い」などと言えば、相手をしてくれる人は当然少なくなる。従って、たとえ痛いところがあっても、相対稽古が始まった時に「実は○○を痛めていますので、よろしくお願いします」と相手にそっと言うことが多いようだ。
 支部道場では「知り合い」「お友達関係」の中で稽古をするから、「痛いところ自慢」が始まるのではないかと考えている。

 しかし、入門直後の人がこのような言葉を聞いたら、どう思うだろうか。「なるほど。合気道を長くやっていると○○が痛くなるのだな。ではある程度のところでやめておこう」と考えるのではないか。実際、私も入門直後につききりで指導してくれた人は、膝が痛そうにしていたので、「自分が合気道できるのは60歳くらいまでかな」と考えていた。

 さらに、指導者と呼ばれる人が「○○が痛い」などと言ったら、「なるほと、この先生の言うとおりに稽古をしていくと体を痛めるのだな」と私は考えることにしている。合気道は「選手を引退した後、指導者として生きる」という道がないので、技のやり方を云々する以前の話である。
 昔、交通事故でけがをしたところが痛いとか、仕事で痛めたところが痛いというのは別だが、それでも稽古に来たからには、不要な場面で「○○が痛い」などと言うべきではないと私は考える。

 それよりも、「体を傷めないで稽古をするには、どうしたら良いか。準備運動や整理運動でどんな工夫があるか」「長く合気道をするためには、自分の体にどんな手入れをすれば良いか」などを自分で考えて実践し、それをみんなに言う方が稽古仲間のためになる。ひいては、それが合気道の発展に少しでも貢献することだと思う。是非そういう話を聞きたいものである。
 

合気道を長く続けるために(3)―謙虚であること。(その2)

 投稿者:谷澤義光  投稿日:2021年10月29日(金)10時58分20秒
   この記事にも登場する国立病院機構仙台医療センターの西村秀一医師は、その著「もうだまされない 新型コロナの大誤解」(2021年 幻冬舎)の中で、「新型コロナは空気感染だと知れ」「ウイルスは細菌と違い、手指から感染しない」などと主張している。朝日新聞も、「日本では、『エアロゾル感染』などと言っているが、これは『空気感染』のことだ」というこの本の主張を紹介している。
 それはともかく、新型コロナ感染症という人類が経験したことのない事態の中で生きていくには、医学情報や専門的な知見の動き・変化を「謙虚に」フォローしていく必要があると思う。新しいデータやエビデンス等が次々と発表されるような状況では、定説などはまだ確立していない。
 パンデミック初期の頃は、感染防止に有効だと考えられることは全てやる必要があったので、過去の取り組みが間違っていたわけではない。しかし、過去の考え方に固執することなく、専門的な知見の動き・変化に、「謙虚に」ついていくことが必要だと私は考える。

 そして、このような姿勢は、コロナ禍だけでなく、現在のような予想のつかない、変化の速い時代を生き抜くためにも必要である。試合でチャンピオンの座を争うようなことをしない合気道の良いところは、このような「謙虚な」姿勢が自然に身につくことだと私は考えている。
 なお、前述の西村医師は、新型コロナは「空気感染」なので、感染予防で最も大切なことは、「換気の徹底」「『不織布マスク』の着用」と「うがい」だと述べていることを最後に申し添える。
 

合気道を長く続けるために(3)―謙虚であること。(その1)

 投稿者:谷澤義光  投稿日:2021年10月29日(金)10時54分10秒
   この掲示板は字数制限があるので、2回に分けて投稿する。

 私は同じタイトルで、過去に2回投稿している。1回目は、主に「身体的な条件」、2回目は「精神・心理的な条件」から述べた。今回は、主に「心」や「人柄」の面から述べてみてみる。
 私は、週に1回本部道場の稽古に通っている。本部道場に通う理由のひとつは、合気道に対して「謙虚な姿勢」の人が多いと感じるからである。本部道場に通う人達の中で、私が知っているのはごく一部だと思うが、少なくとも私の周囲には、そのように感じられる人が多い。
 例えばある人は、福島県で自分の道場を開いているが、月に1回程度本部道場に通って来る。理由をたずねると、「自分の道場だけで稽古をしていると、『出来上がってしまう』からだ」とのことだった。「出来上がってしまう」というのは、本部道場の稽古人の間で時々耳にする言葉だが、「自分の合気道は完成した」とか「自分は合気道が上手い」などと錯覚することらしい。「上には上がいる」「自分はまだまだだ」と実感するために、月に1回でも本部道場に来るそうである。

 私は最近、この「謙虚であること」は合気道だけでなく、今のコロナ禍で生きるためにも大切だと気がついた。
 本年9月26日付けの朝日新聞に「『空気感染する』 認めた世界」との記事が載っている。新型コロナの主な感染経路は「空気感染」だと世界が認め始めたという内容である。(続く)
 

稽古再開

 投稿者:吉見  投稿日:2021年 9月30日(木)15時04分10秒
  船橋合気会の皆様
コロナの感染拡大で休館となっていた船橋市武道センターが緊急事態宣言の解除を受け、10月1日から再開されます。つきましては1日より稽古を再開します。8月まで制限されていた利用時間も元に戻りますので、火曜日、金曜日の一般部の稽古時間は通常に19時30分~20時30分)戻ります。皆さんの参加を待っています。
 

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